Vol.02

時染まる

 まっすぐな眼差しの小さな女の子。ママに連れられ隣の島から、たった八人乗りのセスナ機に初めて乗って、天国131番地の丘の上にある我が家に訪れた。

“ まっすぐな眼差しの小さな女の子 ”

この日は次女タマラカイが、率先してガーデンに向かった。かわいい女の子を喜ばせたいと思ったからなのか、はたまた格好良いところを見せたかったからなのか…。いつもだったら、溌刺とした長女キラカイが放つ光の木陰で、安心しきってのんびりと、ダークブラウンカラーの髪を、櫛で梳かしているような彼女だというのに。

キッチンから続いているラナイ(ベランダ)の階段を、裸足のまま踊るように駆け降りて、芝のグリーンをまるで滑るように風を吹かせたら、ものの数秒でガーデンチェアの後ろまで辿り着く。蝶々豆(バタフライピー)と呼ばれる蔓科の植物に、ヴァイオレットに見間違えるようなコバルトブルーの花が咲いてる。呼び名の通りに蝶々の羽のような花弁。楕円形のスイミングプールを一周するように蔓が巻きついて、蝶々がふわふわと飛んでいるみたいに花たちは咲き揺れ海風になびく。

“ オーガニックコットンの
ケープを纏った
フェアリーのような
その姿 ”

ハラハラすることやドキドキする時の体感を「蝶々がおなかの中にいる」と、たとえる英語表現があるけれど、想えば、島の日々のリアリティ(現実)の中で、蝶々の動きは、時空を超えたスロウモーションに見えることがある。オーガニックコットンのケープを纏ったフェアリーのようなその姿。どこまでもやさしくて、同時に神秘に満ちてる。夢の中の出来事みたいに…。

 タマラカイは、そんな蝶々の羽みたいな花のひとつひとつを大切に摘むと、手のひらいっぱいに包み込み、行きと同じスピードでキッチンに舞い戻った。水平線が見渡せる窓辺に並んだヴィンテージ・ティーポットのコレクション。その中から、彼女は迷うことなくガラス製のものを選ぶと、摘みたてのフレッシュな花たちを、そのポットの底へふんわりと投げ込んだ。おしゃべりもしないで、作ったような真面目顔で。ケトルで少量の湯を沸かしたら、ポットの中の花にそうっと注ぐ。湯気が立ち上る。瞬く間に、コバルトブルーに染められた自然そのもののフラワーティーが出来上がった。目を見張っていた女の子と彼女のママ、予期せずに本物の魔法を目撃した時みたいに「わぁ…!」と、思わず歓声を上げていた。

“ 数え切れないブルーと
ブルーの
グラデーションの海と空 ”

 ...それは、島の十二ヶ月を三回ほど遡った春の日のことだったと思う。今や十五歳になったタマラカイ。あの日の風はピーコックグリーン。蝶々豆のフラワーティーを、素敵な客人母娘(ははこ)とエンジョイした後、東の海辺を目指してわたしたちはクルマを飛ばした。ハンカチーフで包んだヴェジタリアン・サンドイッチをバスケットに入れて。手すきの和紙が滲み染まったように、数え切れないブルーとブルーのグラデーションの海と空。そっと愛おしむようにわたしたちを見つめていた。

山崎美弥子さん

山崎美弥子

YAMAZAKI MIYAKO

アーティスト。1969年東京生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。東京を拠点として国内外で作品を発表する。一転し、2004年から太平洋で船上生活を始め、現在は人口わずか7000人のハワイの離島で1000年後の未来の風景をカンバスに描き続けている。